フォードの限界

nostalji2013-04-07

西部劇ビデオの『シャイアン』(1964年/監督:ジョン・フォード)を観る。ジョン・フォードの最後の西部劇です。米政府によってシャイアン族に指定された居留地は蚊と砂塵が舞う不毛な土地で、多くのシャイアンが伝染病と飢えのために死に、ダルナイフ(ギルバート・ローランド)・リトルウルフ(リカルド・モンタルバン)・トールツリー(ビクター・ジョリー)の3酋長は相談の上、生き残った人々を引き連れて故郷の土地に帰る決心をするんですな。史実にあるオクラホマ居留地から故郷のイエローストーンまで2400キロのシャイアン族の悲劇の大移動をジョン・フォードが70ミリの大画面で描いた大作です。フォードならではの映像の美しさはあります。だけど、フォードはこの作品を“インディアンに対する贖罪の思い”で作ったと語っていますが、贖罪になっていません。単なる勝者の同情です。
白人の主人公として、シャイアンと行動を共にする女教師のデボラ(キャロル・ベーカー)と、デボラの恋人でシャイアンを追跡する騎兵隊長のアーチャー(リチャード・ウィドマーク)がいますが、深く同情しているだけで、インディアンの誇りや尊厳といったものに対しての行動はみられません。白人主人公にヒロイズムがないんですよ。シャイアンの受難劇に徹するなら、政府の役人や軍の上層部だけの責任にせず、騎兵隊が逃走するシャイアンの女・子供を撃ち殺した事実も描くべきだし、ラストの処理も甘すぎます。フォードにとって軍人は絶対的なものなので、騎兵隊悪人映画にすることはできなかったでしょうけどね。結局、事実に近づけようとして中途半端になった感じです。
辛抱できない展開に飽き飽きしていた私にとって、本筋と殆ど関係ないダッジシティのシークェンスが救いでしたね。ワイアット・アープ(ジェームズ・スチュアート)とドク・ホリデイ(アーサー・ケネディ)、それに賭博師(ジョン・キャラダイン)がポーカーしていたり、それ続くドタバタ騒ぎは自虐パロディのような感じで笑えます。観客迎合のようなこのシークェンスは、作品全体のバランスを崩していますが、フォードにとって重苦しい雰囲気を変えるための必要な演出だったような気がしますね。再見して思ったのですが、やっぱり失敗作ですな。