パートカラーの想い出

nostalji2012-10-19

ピンク映画の巨匠・若松孝二(76歳)さんが亡くなる。ピンク映画といっても最近の若い人は知らないでしょうね。日活ロマンポルノとピンク映画をごっちゃにして紹介しているのをよく見かけますが、全く別物です。ピンク映画の始まりは、新東宝が倒産して社長だった大蔵貢が設立した大蔵映画と、新東宝の残党がそのまま名を継いだ新東宝が、テレビでは見られない性描写をウリにした低予算映画を新東宝の系列館やテレビの影響で経営困難となった二番館・三番館で上映しました。男にとって、この手の映画は嫌いじゃないので、確実に客は入りますな。1本300万円程度で製作できるので、次々に独立プロができ、団塊の世代が18歳以上になる頃に最盛期を迎えます。予算を抑えるために、絡みのシーンだけがカラーなんですよ。女が横になり、男が覆いかぶさるとモノクロからカラーに変わり、ピンクの世界が花開くのね。
創生期の扇町京子、初期の内田高子・松井康子、最盛期には名をあげるのが面倒くさいほど男たちを興奮させる女優が増えました。私のお気に入りは、新高恵子と二条朱美ね。加山恵子が好きだったという知り合いもいます。後に日活ロマンポルノで活躍する白川和子や谷ナオミもいましたな。メジャーの日活と独立プロとでは製作現場が何もかも違うと白川和子が語っていましたが、ロマンポルノによって安っぽいピンク映画は廃れていきました。ロマンポルノからは名のある監督が育っていきましたが、ピンク映画からは若松孝二監督だけじゃないですかね。あまりの低予算に腕の鍛えどころがなかったのかも……
画像は、ピンク映画の歴史に残る『情事の履歴書』のDVDジャケット。若松監督にスカウトされた千草みどりが雪の中を全裸で走り回るシーンが話題になりなりました。千草みどりは、この一作だけを残して、ピンク映画を去った珍しい女優ね。一作だけでは、女優とは云わないか。
興奮させる女優といえば、“エマニュエル夫人”のシルビア・クリステル(60歳)が亡くなりました。たいした映画じゃなかったですが、クリステルの魅力でシリーズ化されましたね。名前だけが一人歩きし、日活ロマンポルノにも『東京エマニュエル夫人』というのがありましたねェ。